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航空力学上「飛べない」クマバチは飛べるのか・ピーターパン理論

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クマバチとは

春先になると、爆撃機のような羽音を立てて飛び回る黒い蜂が「クマバチ(熊蜂)」です。クマバチ全体では500種類におよぶとも言われ、日本国内でも北は北海道から南は九州まで幅広く分布している蜂です。

特に藤の花との愛称がよく、共生関係にあると考えられています。クマバチに依存して花粉を運ぶ花を「クマバチ媒花」と呼びます。

スズメバチ

クマバチは体全体の色やずんぐりとしたフォルム、胸部に密集したふわふわの毛などによって「熊」の名がつけられたものと思われますが、地域によっては大きさに加えて凶暴な性格から「熊」が連想させるためか、スズメバチを「クマバチ」と呼ぶところもあります。

どちらもミツバチに比べて存在感のあるビジュアルが特徴的ですが、クマバチが蜜を集めるハナバチであるのに対し、スズメバチは肉食です。クマバチの体を覆う産毛は花粉を集めるためのもので、スズメバチにはありません。

ヒトには危害を加えない

クマバチは見かけによらず穏やかな性格の蜂で、雌は毒針を持っています。縄張りに近づくと警戒して周辺をぐるぐる回ることがありますが、蜜を集めるのに忙しいため人間には基本的に無関心です。雌より一回り大きい雄でも針を持たないので刺される心配はまずありません。

クマバチが恐れられてしまう理由はその羽音でしょう。ハナバチでありながら肉食のスズメバチと同じように轟音を立てるのは、一種の警戒音としての機能があるためとも言われます。


真っ黒な蜂が大きな羽音を立てて飛んでくるとギョッとしますが、基本的には人に危害を加えないと思って良いでしょう。花の受粉を助ける有益な昆虫なので、むやみに駆除しないようにしましょう。

クマバチは飛べるのか・飛べないのか

実際に飛んでいるクマバチが「飛べない」とはどういうことでしょうか。クマバチが「航空力学上、飛べない」と断定されたのは、1934年(昭和9年)のことです。航空力学とは飛行機が空を飛ぶ原理を説明する学問で、この時実験に使われたのはクマバチと同じ花の蜜を集めるハナバチの一種「マルハナバチ」でした。

航空力学

そもそも、昆虫が空中を羽ばたいて飛ぶのと、飛行機がジェットエンジンで空に浮くのでは原理が違うので、クマバチの飛行を航空力学で説明することはできません。飛行機が宙に浮いて空を飛べるのは、翼の周辺に空気循環が生まれることで翼が「揚力」を得るためです。

飛行機の翼の断面を見てみると、進行方向に向かって太く、後ろは細く尖っています。この翼で高速移動すると、翼の周辺を取り巻く空気循環によって翼の上下を流れる空気の速度が変わります。空気の流れが早い翼の上面では圧力が下がるため、翼全体が上へと引き上げられるという原理です。

速度の差が気圧差を生じさせ、それにによって揚力が生じる現象を「ベルヌーイの定理」と呼びます。また、翼の周辺に空気の循環を作るには、翼の全面で分断した空気の流れが、翼の後ろで再び自然に合流する「クッタの条件(Kutta’s condition)」を満たす必要があります。

大きさ

米国ボーイング社の最新ジャンボジェット機「ボーイング747-8 」で言えば、全長76.4メートル、全幅(翼の端から端まで)が68.5 メートルで、胴体の幅は6~7メートルです。つまり、重さ440トンの飛行機が大空を飛ぶためには、飛行機全体の長さとほぼ同じ長さと、テニスコート2面分の面積を持つ翼が必要です。

飛行機と比べるとクマバチの体はバランスが悪く、まるまるとした約2センチのボディに対して翅(はね)が小さいのが特徴です。クマバチが飛べるなら、人間も飛べるのではないかと昔の人が考えたとしても無理はありません。。実際、クマバチが人間ほどの大きさになると飛べないとも言われています。

クマバチが飛べないのに飛べると言われた「ピーターパン理論」

ディズニーアニメでもよく知られる「ネバーランド」の住人ピーターパンは、20世紀初頭にスコットランドの作家ジェームス・マシュー・バリーによって書かれた戯曲の主人公で、モデルは生命を司る半人半獣の山羊神(パーン)です。

尖った帽子を被り、耳もヤギのように尖っています。緑の衣裳は「エバーグリーン(不老不死)」を表し、帽子の下には角があるといわれています。

原作によれば、ピーターパンは生後7日で窓から飛出し、それから歳を取らなくなったという人物です。母親の元に戻れないと悟ってケンジントン公園に住み続けた彼は、「もちろん年は取っているけれど、子供のままだから年は関係ない」と記述されています。

物語ではネバーランドで同じように親とはぐれて子供のままの「ロストボーイ」たちと暮らしていますが、彼らはいずれも何らかの理由で「死」によって歳を取らなくなった子供たちを暗示しているようにも見えます。

飛べると思えば飛べる

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「ピーターパン理論」とは、ディズニーアニメに出てくるピーター・パンの有名なセリフ「飛べるかどうかと疑った瞬間から、永遠に飛べない」にちなんだ理論で、「信じればきっと叶う」「飛べないのは、飛べないかもしれないと思っているから」という前向きなメッセージです。

このセリフは、2015年に開かれた国際会議の開会挨拶で、日銀総裁の黒田東彦氏が金融政策に不可欠なのは「前向きな姿勢と確信」という意味で引き合いに出したことでも注目されました。

しかし、ピーターパンは本当に「信じれば必ず飛べる」と言ったのでしょうか。物語ではウェンディやジョン、マイケル、犬のナナも飛んでいますが、結論から言えばピーターパンは人間が飛べない理由を説明しているだけに過ぎません。人間は「飛べない」のではなく、飛ぶ必要のない存在です。そして、「飛べない」ことに不足感を抱いています。

クマバチが飛べないと言われていても飛べる理由

ずっと長い間「飛べない」と考えられていたクマバチですが、イギリスの科学者オズボーン・レイノルズ(Osborne Reynolds)にちなんだ「レイノルズ数」流体解析の研究によってついにその飛行原理が明らかになりました。

「流体」とは、液体や気体、プラズマなど個体以外の物質全般を差すもので、力を加えることで運動を続ける「ニュートン流体」のほか、「弾性」という特徴を持った「粘弾性流体」があります。液体は圧力で流れることはありませんが、気体は「圧縮性」という特徴があるため圧力によって体積が変化します。

解明されたのは1990年頃

飛べないはずのクマバチが飛べる理由は、飛行機と違って翅が動くことに加え、空気の粘度を利用しているためです。クマバチが翅を上から下へと高速で振り下ろすたびに、ネバネバした空気に渦が生じ、揚力が生じています。

再び翅を振り上げる時には、他の昆虫と同じように翅を立てます。また、八の字に動かすことでホばリングも可能です。飛べないどころか、人間が理解できないほど高度なテクニックで飛んでいたということです。

レイノルズ数

飛べないように見えるクマバチが飛ぶのは、その小ささに秘密があります。人間にとって空気はほとんど感触のない存在ですが、わずか2センチのクマバチにとってはネバネバしたもので、そんな空気を「慣性力」と「粘性力」との比で定義するのが「レイノルズ数(Reynolds number:Re)」です。

レイノルズ数の概念が初めて紹介されたのは1851年(江戸嘉永3年)のことですが、流体力学の計算法として応用されるまでにはさらに時間が必要でした。現在では、クマバチは飛べないとジャッジした航空力学など、さまざまな分野で利用されています。

飛べないはずのクマバチも飛べる

いかがでしたか。今回は、飛べないはずのないクマバチがなぜ飛んでいるのか?という素朴な疑問についてまとめました。その答えは、飛べないどころか「クマバチが飛べる原理を、人間が知らなかっただけ」というものです。

私たちは、実際に飛んでいるクマバチでも「本来は飛べない」と否定したり、とりあえず精神論で何とかしようと試みたりする傾向があります。

クマバチから人間へのメッセージは、「信じれば飛べないものだって飛べる」ではなく「飛べないと信じなければ、飛べるのが当たり前」でした。クマバチの例は、他にも原理が発見されていないばかりに「飛べない」と思い込まれていることがたくさんあることを示唆しています。

そして私たち人間も、クマバチのように小さな羽でもしっかり空気を掴んで自由に世界を飛び回りたいものです。
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